美味しい水

真夏の昼下がり、アスファルトの照り返しに灼かれながら、山道を登り詰めた先にその古びた茶屋はあった。

喉の奥はひび割れた土のように渇き、全身の水分が抜けて呼吸すら熱を帯びている。

埃っぽい暖簾をくぐり、軋む縁側に腰を下ろすと、白髪の店主が何も言わずにひとつの歪なガラス硝子のコップを差し出した。

氷すら入っていない。

ただ、なみなみと注がれた無色透明の液体。

だが、水面の輪郭はどこか丸みを帯び、光を柔らかく孕んでいるように見えた。

両手で包み込むと、ガラスを通して冷涼な重みが掌にじんわりと染み渡る。唇を寄せ、傾けた。

舌先に触れた瞬間、言葉を失った。

冷たさは刃のように尖っておらず、驚くほど滑らかで、どこまでも柔らかい。

何十年もの歳月をかけて深いブナの原生林を抜け、岩肌を巡り、地底の静寂に磨かれてきた雫。

味などないはずなのに、ほのかな甘みと、青い苔の匂いを含んだ森の気配が、確かにそこにあった。

ごくりと喉を鳴らして飲み干す。乾ききった食道を水が滑り落ちるたび、体内の熱がすうっと引いていく。

細胞の一つひとつが、まるで枯れ草が夕立を浴びるように、歓声を上げて潤いを吸い上げていった。

喉を潤すという機能を超えて、身体の内側から濁りや澱みが洗い流され、自分自身が透明になっていくような錯覚すら覚える。

最後の一滴まで飲み干し、深く息を吐き出す。胸の奥に広がったのは、澄みきった静けさだけだった。

「裏の湧き水だよ」

コップを受け取りながら店主が小さく笑う。

世界にはどんな贅沢な美酒も溢れているが、人間が生きていることを思い出すために必要なものは、この山が抱く冷たい一杯の水だけで十分なのだと、澄んだ水滴が光る空のコップを見つめながら確信していた。

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