ピンクの爪切り

洗面台の引き出しを開けると、奥のプラスチックケースの中に、場違いなほど鮮やかなショッキングピンクの爪切りが転がっていた。

一人暮らしを始めて五年、部屋の小物はほとんどが無彩色か落ち着いた木目で統一されている。

その中で、この安っぽいプラスチックのカバーをまとった爪切りだけが、まるで他人の忘れ物のように異彩を放ち続けていた。

どこで買ったのかは思い出せない。

学生時代、旅先のコンビニで爪が割れて慌てて買ったような気もするし、誰かの部屋からうっかり持ち帰ってしまったような気もする。切れ味は決して良くない。

パチン、と鈍い音を立てて爪を押し切るたび、少しだけささくれができる。

それでも、買い替えるほどの不便でもなく、捨てるほどの理由もなく、ただそこにあった。

日曜日の夜、明日の出勤に備えて爪を切る。親指、人差し指、中指。パチン、パチンと静かな部屋に音が響く。

ふと刃先を見ると、レバーの裏側に小さな銀色のシールが貼られていたことに気づいた。

長年の摩擦で剥がれかけ、擦り切れた文字で「3」とだけ印刷されている。

何かの管理番号だろうか。指先で擦ると、シールの端がぺろりとめくれ、下から見たこともない極小の文字が現れた。

『返却期限:今夜の爪切り終了まで』

眉をひそめた瞬間、小指の爪を切り終えた「パチン」という最後の音が、部屋の隅々まで異常なほどクリアに反響した。

手元を見下ろすと、ピンク色のプラスチックが輪郭を失い、砂糖菓子のようにぼんやりと溶け始めている。

指先からすり抜けた爪切りは、洗面台の白い陶器に落ちることなく、空気の中にそのまま滲んで消えてしまった。

あとに残ったのは、綺麗に切り揃えられた十本の指先と、どこかすっきりとした奇妙な喪失感だけだった。

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