「ガストじゃなくてガストンなだと!?」
深夜二時、国道沿いに灯る赤い看板を見上げ、俺は絶叫した。腹の虫がぎゅうと鳴る。
仕事終わりの疲れた頭が求めていたのは、熱々のチーズインハンバーグと、スープバーの温もりだったはずだ。
それなのに、薄暗い駐車場の奥で俺を迎えたのは、ファミレスの親しみやすいネオンではなく、どう見ても西洋の古城を模したゴツゴツとした石造りの門構え。
そして、看板に大書された金文字の『GASTON』だった。最後の一文字「ン」が、やけに主張の強い角ばったフォントで刻まれている。
自動ドアかと思って近づくと、重厚な樫の木の扉がギィと音を立てて開いた。
「よくぞ来たな、貧弱な若造よ!」
店内に踏み込んだ瞬間、野太い怒号と銅鑼のような笑い声が鼓膜を震わせた。
そこにいたのは、ネコ型配膳ロボットではなく、胸板の厚みが軽自動車ほどもある巨漢だった。
真っ赤なチュニックに身を包み、たくましい二の腕を惜しげもなくさらけ出している。男は暖炉の前でビールジョッキをあおり、壁に飾られた無数の鹿の角を背に、白い歯をギラリと光らせた。
「あの、山盛りポテトフライとドリンクバーは……」 「軟弱なものを頼むな! 我が店に並ぶのは、肉と卵だけだ!」
男――ガストンは豪快に笑いながら、丸太のような腕でカウンターを叩いた。ドカン、と木製のテーブルに置かれたのは、巨大な木鉢にうずたかく盛られた生の卵五ダースと、毛皮のついたままの猪の後ろ脚である。
「俺のように逞しくなりたければ、毎朝六十個の卵を飲み干すことだな! さあ食え! 力こそが正義、腕相撲こそが世界のルールだ!」
ファミレスでまったりと動画を見ながらポテトをつまむという、ささやかな金曜の夜の幸福は完全に霧散した。
周囲を見渡せば、客席にいるのは屈強な猟師たちばかりで、誰もがジョッキをぶつけ合い、生肉に食らいついている。
「あの、注文はタブレットで……」 「我が筋肉に直接訴えかけろ!」
あまりの圧力に、俺の胃袋がきゅっと縮み上がった。だが、空腹の限界だったのもまた事実だ。背に腹は代えられない。
俺は覚悟を決め、目の前の山積みの卵から一個を手に取り、殻を割って一気に喉へと流し込んだ。濃厚な黄身の味が、疲弊した体にダイレクトに染み渡っていく。
「ほう……悪くない喉越しだ。おい、この坊主に鹿のローストを持ってこい!」
ガストンが豪快に肩を叩いてきた。
その衝撃だけで骨が軋んだが、不思議と体の奥底から力が湧いてくるのを感じていた。ハンバーグへの未練は、もうどこにも残っていなかった。