Ria9 ― リア充(Ria10)の手前で踏みとどまる境界線の男

世界は、残酷なまでにシンプルな数値で隔てられている。

現実の充実を十全に謳歌し、眩い光の中で呼吸を繰り返す者たち。

かつて人々が「リア充」と呼んだその完成形を、俺はRia10と定義している。

彼らのステータスは最大値の「10」。

週末の過ごし方に迷うこともなく、スマートフォンの通知は絶え間なく鳴り響き、誰かの視線を受け止める瞳には微塵の曇りもない。

彼らにとって世界とは、ただそこに存在するだけで無条件の祝福を与えてくれるステージそのものだ。

そして、俺はといえば――Ria9だ。

底辺のゼロでもなければ、くすぶる半端者の5でもない。

世間一般から見れば、俺は限りなく「向こう側」に近い場所に立っているように見えるらしい。

身なりを整え、社会に適応し、定職を持ち、一人でラーメン二郎の行列に並んで「ニンニクアブラカラメ」を平然と平らげる度胸もある。

夜風を浴びて「いい夜だ」と感じる感性も失っていない。

他人と目を合わせて談笑することに怯えはないし、週末の賑やかな繁華街を一人で堂々と歩くこともできる。

客観的なスペックだけで測るなら、俺は間違いなくリア充のすぐ真横、手の届く位置にいる。

だが、俺は絶対にRia10には届かない。

それがRia9という名の、絶妙にして絶対的な断絶だった。

残された「1」の正体

あと「1」足りない。

その「1」の正体を、俺はずっと探していた。

それは休日に隣を歩く恋人の存在なのか。それとも、夜更けに他愛のない理由で長電話をかけ合える親友の声なのか。

あるいは、「自分はこの現実世界を完璧に愛し、肯定している」と胸を張って言える、あの無邪気なまでの全能感なのか。

金曜の夜、駅前のスクランブル交差点。

眩しい笑顔で肩を寄せ合い、楽しげに次の店へと流れていくRia10たちの集団とすれ違う。

彼らがまとう甘い香水と、屈託のない笑い声が宙を舞う。

その間隙を、俺は風のように切り裂いて歩く。

ニンニクの熱気を全身から漂わせ、眉間にわずかな険しさを宿して前進する俺。避けるのではない、切り裂くのだ。

彼らにとっての幸福が「現実の今ここ」にあるのなら、俺の視線は別の場所を捉えている。羨望でもなく、嫉妬でもない。

ただ、「なぜ俺は、あの1を埋めようとしないのか」という冷徹な問いだけが、胃の腑に落ちた極太麺の重みとともに沈んでいた。

手を伸ばせば、その「1」を掴む努力をすることだってできるはずだ。

合コンに顔を出し、誰にでも受ける趣味を身につけ、流行りのスポットを巡り、SNSに色鮮やかな日常の破片を投稿する。

そうすれば、世間は俺をRia10の仲間入りとして迎えてくれるかもしれない。

だが、心がそれを拒絶していた。

「違う。そうじゃない」

俺の足は、繁華街の光を背にして、静まり返った住宅街の暗がりへと自然に向かっていた。

思い出と記憶を突っ切る帰路

駅を離れるにつれて、街のノイズが遠のいていく。

街灯が等間隔に落とす影を踏みながら、早足で夜道を歩く。この帰り道は、かつての自分の残像がへばりついた回廊のようなものだ。

角を曲がると、かつて友人と朝までくだらない夢を語り明かしたファミレスの跡地が見える。

さらに進めば、何の成果も出ない焦燥感に押し潰されそうになりながら、ひとり冷え切った缶コーヒーを握りしめて立ち尽くしていた公園のベンチ。

俺はそれらの思い出の地を突っ切る。

ノスタルジーに浸る気はない。過去の自分がどれほど惨めで、どれほど未熟だったとしても、今の俺には腹いっぱいに満ちたエネルギーと、明確に向かうべき場所がある。

路地を入ると、さらに幼い頃の記憶が立ち塞がる。

自転車で派手に転んで膝を擦りむいた路地。初めて買った分厚い文庫本を抱きしめ、早く読みたくて走った歩道。街路樹の葉が擦れ合う微かな音すら、昔の自分の囁きのように思えた。

だが、それらすらも背後へ置き去りにしていく。靴底で固いアスファルトを力強く踏みしめ、歩行速度をもう一段階引き上げた。

思い出は目的地ではない。今の俺を前へ押し出すための推進力に過ぎないのだ。

俺には帰るべき城があり、果たすべき目的がある。

Ria9が選んだ「創作の余白」

アパートの階段を二段飛ばしで駆け上がり、鍵を差し込んでドアを開ける。

部屋の中は静まり返っていた。

靴を脱ぎ捨て、上着を放り投げ、手洗いうがいを済ませてコップ一杯の冷水を喉へ流し込む。

胃袋の奥深くでは、二郎の濃厚なアブラとカエシがなおも燃え盛っていた。

机の上でスリープ状態だったノートPCを開く。青白いディスプレイの光が、薄暗い部屋を一瞬で照らし出す。

開くのは、小説家.comだ。

白いエディタ画面の中央で、細い縦線のカーソルが規則正しく点滅を繰り返している。まるで、俺の指先が触れるのを静かに待っている鼓動のように。

そのカーソルを見つめた瞬間、ふと、すべての辻褄が合った。

俺がRia10になれなかったのではない。

俺自身が、あえてその「最後の1」を現実世界に差し出すことを拒み、Ria9の場所で踏みとどまり続けていたのだ。

もし俺が現実の幸福に完全に満たされ、晴れてRia10になってしまったらどうなる?

この指先から湧き上がる飢餓感はどこへ行く?

ニンニクの熱気も、夜道を一人で歩くときの研ぎ澄まされた孤独も、誰にも邪魔されない自分だけの城も――すべてが「平和で満ち足りた日常」というぬるま湯の中に溶けて、跡形もなく消え去ってしまうのではないか。

満ち足りた者には、物語を紡ぐ理由がない。

世界が最初から完璧に自分を肯定してくれているなら、わざわざ虚構の世界をゼロから作り出す必要などないからだ。

足りない「1」は、欠陥ではなかった。

それは、この画面の上にまだ誰も見たことのない世界を打ち立てるための、創作の余白だったのだ。

境界線の上で書く

Ria9に留まり続けることでしか見えない景色がある。

現実の9分目まで上り詰めたからこそわかる、世界の美しさと、その先にある底知れない虚無。

満たされたRia10たちには決して描くことのできない、渇きと熱情の言葉が、俺の脳内には濁流となって渦巻いていた。

椅子に深く腰を据え、両手をキーボードのホームポジションに置く。

胃は鉛のように重い。だが、頭蓋の奥は恐ろしいほど冷たく冴え渡っている。

消化器系が燃やし続ける膨大なエネルギーが、神経を通って十本の指先へと直結していくのを感じた。

「Ria9で上等だ」

誰もいない部屋で、小さく呟いた。

カタ、と最初のキーを叩く。乾いたプラスチックの音が夜の静寂を切り裂いた。

それは現実の10へと手を伸ばすための音ではない。

9という断絶の縁に立ち、あえて現実に背を向け、広大無辺な虚構の海へとダイブするための合図だ。

点滅していたカーソルが、俺の言葉を呑み込みながら右へと走り始める。

小説家.comの白いキャンバスの上で、俺だけの世界が今、産声を上げた。

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