夕暮れの路地に、乾いた拍子木の音が二つ鳴り響いた。
カン、カン。
「おにゃのこさいさい、よってらっしゃい。悩みも迷いも、賽の目しだい」
古びた駄菓子屋「ねこやなぎ堂」の店先で、赤い前掛けをした少女・ナギが、手招きをするように白木の升を振っている。
中に入っているのは、普通のサイコロではない。
六つの面にそれぞれ「大吉」「凶」ではなく、「寝る」「食う」「怒る」「泣く」「忘れる」「走る」と墨で彫られた、特製の木賽だ。
ここへやってくるのは、決まって胸の中に厄介な荷物を抱え込んだ女子たち――ナギの言うところのおにゃのこたちだった。
ガラリと引き戸が開いて、制服姿のチカが顔を覗かせた。
足取りは重く、肩は小さく縮こまっている。友人と些細な言葉の行き違いで気まずくなり、スマホの画面を睨みつけたまま丸一日を過ごした顔だ。
「……ここ、なんでも決めてくれるって聞いたんだけど」
「いらっしゃい、迷えるおにゃのこ。あれこれ考えて胃が痛くなる前に、天の采配に投げちゃいなさいな」
ナギは屈託のない笑みを浮かべ、カウンターに升をコトッと置いた。
賽を転がす代金は、駄菓子の棒付きキャンディ一本分。
チカがおずおずと百円玉を出すと、ナギは賽を掌に握らせた。
「頭でこねくり回した正解なんて、だいたいロクなもんじゃない。あんたの指先が選んだ風向きに、身を任せてみるのが一番だよ」
チカは深呼吸をして、木賽を台の上に放った。からから、と軽快な音が転がり、止まる。
出た目は走るだった。
「走る……? 誰かに会いに行けってこと?」
「さあね。ただ外に出て、息が切れるまで全力で走るだけでもいい。足が動けば、余計な考えごとは風が吹き飛ばしてくれるもんさ。おにゃのこさいさい、賽は投げられたよ!」
背中をぽんと叩かれたチカは、狐につままれたような顔で店を出た。
けれど、夕暮れの冷たい空気を吸い込んで駆け出した瞬間、固まっていた足元からすっと重荷が解けていくのを感じていた。
店先では、ナギがキャンディの包み紙を器用に剥きながら、茜色の空を見上げて小さく笑った。
どんなに複雑に見える日々の迷いも、転がるサイコロの軽やかさひとつで、案外ひらりと飛び越えられるものなのだ。