午後二時、図書館の閲覧室は、世界で一番やさしくて抗いがたい重力に満ちていた。
窓辺の席に座るハルキの視界は、さっきからゆっくりと滲んでは戻りを繰り返している。
広げた経済学の分厚い教科書には、蟻の行列のような活字がびっしりと並んでいた
。最初は真面目に追っていたはずなのに、いまや文字たちは黒い線になって、ゆらゆらと紙の上でダンスを踊っている。
ねむねむねむい。
頭の奥で、ぽわんとした言葉が泡のように浮かんでは消えた。
眠い、ではない。「ねむねむねむい」なのだ。
三拍子のリズムを刻みながら、脳みそのシワというシワに温かいミルクが注ぎ込まれていくような、徹底的な弛緩。
カチ、コチ、と壁掛け時計がのんびりと秒を刻む。
誰かがページをめくる衣擦れのような音。
遠くの通りを走る車の、くぐもったタイヤの摩擦音。
それらすべての環境音が、ハルキを深い場所へ誘うための子守唄に聴こえてくる。
首がカクンと落ち、ハッとして顔を上げる。
いけない、と背筋を伸ばしてみるものの、まぶたの裏側に鉛の粒を仕込まれたように重い。
目を開けているだけで、フルマラソンを走っているようなエネルギーを消費している気がする。
向かいの席を見れば、同じように参考書を広げたスーツ姿の男性が、コクン、コクンと規則正しく船を漕いでいた。
隣の女子学生にいたっては、とっくに腕の中に顔を埋め、柔らかな規則正しい寝息を立てている。
ああ、ここは巨大な揺りかごなのだ。
午後の陽だまりは、レースのカーテンを通して淡い黄金色の粉のように降り注ぎ、ハルキの肩をじんわりと温めている。
もう抵抗するのはやめにしよう。世界がこんなにも眠ることを肯定しているのに、意地を張る必要がどこにあるだろう。
ハルキは眼鏡をそっと外し、机の上に置いた。
冷たいプラスチックのフレームから解放された眉間が、ふうと緩む。
教科書を静かに閉じ、両腕を折りたたんで枕を作った。額を預けると、着古したスウェットの袖から、昨夜干した柔軟剤の干し草のような匂いがした。
ねむ、ねむ、ねむい。
最後に残っていた思考の輪郭が、あたたかな闇の中へトぷんと溶けていく。
遠くでまた、誰かが静かにページをめくった。
深く息を吸い込み、吐き出すころには、ハルキはもう、まどろみの海の底へと心地よく沈んでいた。