焼きそばジャンク

表示されていた時刻は、23:37だった。

その瞬間、張っていた糸がぷつりと切れたように、猛烈な空腹感が胃袋の底からせり上がってきた。

作業に没頭している間は完全に麻痺していた中枢神経が、突如として激しい飢餓のアラートを鳴らし始めている。

ただの空腹ではない。腹が減って、減って、どうしようもなく暴力的なまでの空腹だった。

カフェインで誤魔化し続けていた胃壁が、明確な実体を伴ったカロリーを要求して軋んでいる。

冷蔵庫を開けて気の利いた夜食を作る気力も時間も、今の俺には残っていなかった。

迷うことなく戸棚を開け、奥からプラスチックフィルムに包まれた四角い直方体を引っ張り出した。

カップ焼きそばだ。深夜の背徳感を具現化したような、四角く無機質なパッケージ。
賞味期限を確認する間も惜しく、フィルムを乱暴に破り捨てた。

蓋を三分の一ほど剥がし、中からかやくとソース、そしてふりかけの小袋を取り出す。

かやくのキャベツを麺の下へと潜り込ませ、電気ケトルのスイッチを押し込んだ。

静まり返った台所に、湯が沸騰するシューという低い唸り声が満ちていく。

熱湯を内側の線まで注ぎ、蓋の上に液体ソースを載せて重しにした。待つ時間はきっかり三分。

部屋に戻り、秒針の進みを目で追う。

三分という時間は、これほどまでに長かっただろうか。

胃がぐうと鳴り、喉の奥が唾液で満たされる。

タイマーが鳴ると同時に台所へ戻り、湯切り口のシールを迷わず引き剥がした。

シンクへ向けて容器を傾けると、白い湯気とともに、底板が「ペコン」と小気味よい音を立てて凹む。

一滴も残さぬように湯を切り落とし、蓋を一気に剥ぎ取った。

温まったソースをちぢれ麺の上に絞り出す。

甘辛く、ツンと鼻腔をくすぐる濃厚なソースの香りが、狭い台所いっぱいに爆発した。

割り箸を割り、一心不乱に麺をかき混ぜる。

白かった麺がみるみるうちに濃い飴色へと染まり、最後に青のりと紅生姜のふりかけを散らした。

机に戻り、立ち上る湯気ごと麺を箸で持ち上げ、息を吹きかけることもそこそこに口へ運ぶ。

口いっぱいに広がる、塩気と酸味、そして脂の圧倒的な暴力。

噛み締めるたびに、ジャンクで確かな熱量は空っぽの胃袋へと雪崩れ込んでいく。

深夜に食べるこれ以上の贅沢を、今の俺は知らない。

23時を回った静まり返った部屋で、すする音だけを響かせながら、俺はただ貪るように麺を胃袋へと流し込み続けた。


流し込み続けているときに、ふと箸が止まった。

満腹になったからではない。

「焼きそばジャンク」

そんな言葉が降りてきたからだ。

なぜかはわからない。

俺には言葉が降りてくる。

言葉だけじゃなくて様々なことが降りてくる。

何が降りてくるかというと……まあいい、詳しい話はまた今度だ。

いまはそう、「焼きそばジャンク」。

これ。

よく考えてみてほしい。

そもそも、こいつは本当に「焼きそば」なんだろうか。

鉄板で焼いていない。油を引いて炒めてもいない。ただ熱湯でふやかして、湯を捨てて、濃厚なケミカルソースを絡めただけの代物だ。

調理工程のどこを切り取っても「焼く」という概念が存在しない。それなのに、パッケージには堂々と「焼きそば」と刻まれている。

これほどの看板倒れが、これほど堂々とまかり通っている食品が他にあるだろうか。

だが、怒るやつは一人もいない。

「焼いてないじゃないか」と消費者センターに電話する暇人は存在しないのだ。

なぜなら、俺たちが欲しているのは最初から正統派のソース焼きそばなどではないからだ。

求めているのは、この湯気、この油、この暴力的なまでの旨味調味料の塊――すなわち、純度100%の「ジャンク」そのものなのだから。


「焼きそばジャンク」という響きが、急速に頭の芯を侵食していく。

ジャンクとは屑(くず)であり、無駄であり、過剰である。生きるために最低限必要な栄養素のピラミッドを、足蹴にして笑うような悪魔の炭水化物。

深夜零時前、身体が休息を求めている時間に、わざわざ内臓を叩き起こして油の海へと叩き落とす行為。これ以上のジャンクがどこにある。

健康志向? オーガニック? 一日の推奨摂取カロリー?

そんな昼間の善意など、このペコンと凹む発泡スチロールの底板一枚で遮断されてしまえばいい。

理性という名のブレーキを完全に焼き切った瞬間にだけ立ち現れる、得体の知れない全能感。

俺は今、ただ空腹を満たしているのではない。日常の退屈と疲労を、この濃密なソース味のジャンクで塗りつぶし、上書きしているのだ。


箸が再び動き出す。

思考が深まれば深まるほど、口の中の麺は熱狂的な美味さを帯びていく。

もはや一口一口を味わうフェーズはとうに過ぎ去っていた。喉を通過する際の熱さと、舌に残るチープな塩気。底の隅に残った、ふやけきったキャベツの破片を箸の先で器用にかき集め、最後の一本まで麺を口へと放り込む。

ゴクリと飲み干し、容器は完全に空になった。

プラスチックの底に残ったのは、赤みがかったソースの油膜と、わずかな青のりの粉末だけだ。

「……ふう」

短く息を吐き出すと、猛烈な多幸感と、それに比例するような底知れぬ背徳感が胸の奥にずしりと沈殿した。

時計の針は、もう23:50を指している。

結局、降りてきた「焼きそばジャンク」という言葉の正体が何だったのか、明確な結論など出なかった。

けれど、それでいい。

すべてに意味や理由を求める昼間の論理から抜け出すための免罪符が、きっとこの底の浅い四角い箱の中に詰まっていたのだ。

机の上には、空になった容器と、割られた割り箸。

部屋に残された強烈なソースの匂いを吸い込みながら、俺は冷たい麦茶を一気に煽り、深夜の深い闇へと再び意識を沈めていった。

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