目を覚ました時、男の枕元には黄色いレモンが一個置いてあった。
部屋には彼一人しかいない。鍵もしっかり掛かっている。昨夜、果物など買った覚えは毛頭なかった。 ただ、夢の記憶だけが妙に鮮明だった。
夢の中で、男は見知らぬ果物屋の店先に立っていた。店番の白髪の老人に「一番酸っぱいものをくれ」と頼み、小銭を払ってレモンを一個受け取った。受け取ったその瞬間に目が覚めたのだ。
「そんな馬鹿な」
男は苦笑いしながらレモンを手に取った。ずっしりと重く、皮からは瑞々しい柑橘の香りが漂っている。夢の中の持ち物を現実へ持って帰ってきてしまったとしか思えなかった。
それなら、今夜はもっといいものを頼んでみよう。
その夜、男はわくわくしながら早めにベッドに入った。まどろみの中で意識を集中させ、昨夜と同じ果物屋を探す。 路地の奥に店を見つけると、男は番台の老人に言った。
「一番高価な宝石を売ってくれ」
老人は静かに首を横に振った。 「旦那、うちは八百屋だよ。果物しか置いちゃいない」
男は落胆したが、手ぶらで帰るのも惜しい。 「じゃあ、この店で一番高い果物をくれ」
老人は店の奥から、桐の箱に入った見事な夕張メロンを抱えてきた。網目が美しく整った、桐箱入りの極上品だ。男は夢の中で大金を支払い、その重い木箱を両腕でしっかりと抱きしめた。
「よし、絶対に離すなよ」
自分に言い聞かせ、意識を強く覚醒へと引き戻す。
パッと目が開いた。 差し込む朝の光の中、男はすぐに掛け布団をめくった。
枕元には、丸々と太った大きな冬瓜(とうがん)がひとつ、転がっていた。
枕元のスマートフォンが震え、銀行アプリからの通知が画面に灯る。 『お引き落とし:三万円』
男は呆然と冬瓜を見つめ、それから天井を仰いだ。どうやらあの老人は、なかなかの商売上手だったらしい。